ハッピーバースデー

夕ご飯も食べ終わり、一人ずつ順番にお風呂に入り、私は発泡酒を飲みながら、一人はタバコを吸いながら、一人はこれから制作小屋に入る頭の中の整理をしながら、明々後日にくる友達の誕生日、プレゼント、何あげようかって、談笑していた。


うーん、なんだろう。何がいいかなー。私が今純粋に作りたいものばかりが思いつく。これはどう?これは?と二人に聞いてみる。でもことごとく、それは作りたいだけでプレゼントになってないよとピシャッと訂正され、ぐるぐるぐると考えて頭が回ってきた。


あ!くるっと立ち上がり、私。おぼんつくるーと言い終わらないうちに倉庫へ小走。

電気の通っていない暗い倉庫、携帯のライトを照らしながら私、焦っている。いいサイズの木はなく、でも、早くしないと、描きたい衝動が先に走っていって追いつけない。

ええい、これで良い!描いてから後で切れば良い!と勢いだけに任せて。ちょうど私が立って、肩から下がすっぽり隠れるくらいの大きさの合板の切れ端を持った。


やっと追いつける。


こたつテーブルの上が、汚くて、整理するのもめんどくさい。持ってきた長い板を無造作にソファーの上に置く。すわりが悪くて、板が斜めになっているが、気にもできない。

最初に黄色のクレヨンを選ぶ。

黄色から描くと、その、淡くしかし主張はさほどしてませんけどっていう存在感、

が最初の一筆目のドキドキを落ち着かせてくれる。


途中から、長い板の右端は私、真ん中にタバコを吸っていた人、左端に制作小屋からひょっこり現れた人、三人並んでそれぞれ思い思いにクレヨンを短くしていった。みんな描く行為は一緒なんだけど、歌うように書いたり、頭の中のイメージを取り出したり、自身のリズムを乗せたり、まるで人によって描くということが一つの動詞でくくられているのが勿体ないくらい色んなスタイルがあって、いや、自分の”描く”しか知らなかっただけなんだろうけど、自分と人との違いをすごく感じた。

私はそのみんなの描き方を横目にすると、すこし萎縮し、大事な大事なアクリル絵の具を自分を守るかのように、陣地の中にずっと置いた。


終わった。満足げにプシュッと発泡酒を飲みながら、手だけはすこしだけクレヨンや画材道具を整理しながら、絵を眺める。身体の表面がすこし熱く、ピンクっぽくなり、目がキラキラしてくるのが自分でわかった。これは酔っ払ってきたわけではなく、高揚感だ。


誕生日プレゼントにという趣旨だった。そして、自分が本当に好きな絵になり、その人を思って描いたものであるのもわかってる。のだけど、それらの思いがあまりにもうまく合致しすぎたのか、その絵のことを好きになりすぎてあげたくなくなってしまった。


どうしようかなぁ。絵を眺めながら1日過ぎた。これからおぼんを作るとなると、適当な大きさに切って、周りに枠を付ける作業が必要で、ということは絵の一部が切り取られることになる。どうしようかなぁ。自分から始めたことなのに着地の仕方がわからない。


次の日、久しぶりにノコギリ使ったりビスを打ったりするからと、試しにハンガーラックを倉庫にある別の端材を使って作るのはどうだろうと、その流れでおぼんが作れるようなフットワークの軽さが身につくんじゃないかと考えついた。実際に作ってみるとね、その軽い気持ちで作り始めたハンガーラックが、自分が想定していたよりも大作になってしまった。午前中いっぱい使って、2メートルの高さで洋服が2段掛けられるものになり、すっかり疲れて、その日の木工できる体力は使い切ってしまったので、スパッと、何にもしないスイッチに切り替えた。


その次の日の朝にはなんだかふつふつと、私の心は、すーっと自然におぼんを作ることに向いてた。

ノコギリの握った感じが、ハンガーラックを作った時よりもずっとよくなった。左手と左足で板を抑え、右手ではノコギリを。まっすぐに線を引き、じわじわじわと丁寧に一番最初の切り込みを付ける。ある程度、歯が安定してきたら、引く速度と長さを大きくするとぴーんってまっすぐ歯が進み、綺麗に切れていく。


おぼんにするには板の周りを三箇所切ってさらにそこから出た端材を使って、縁を作る。絵を描いたところが余すところなくおぼんになるように、こうかな、こうかなと、ピースを表にしたり、ひっくり返したり、上下逆さま?ここだっとひらめくその瞬間まで試行錯誤する。

できた。できたできた。意外と、あっさりできた。あとはヤスリで削って、ニスを塗るだけ。晴れた縁側で作業したから、太陽がよく似合うおぼんができた。


一通り作業が終わって、お腹が空いたから、パスタと残りのかぼちゃのスープで簡単にお昼ご飯。

料理がこのおぼんで運ばれてきたら、にこにこしてしまうなと。昔仕事していた時の接客を思い出しながら、パスタお持ちしました、と店員さんごっこも軽くした。


カクメイ製作所

自己満足な心の高ぶり その境地に達したとき "カクメイ"が起きたと人は言う

0コメント

  • 1000 / 1000